キャベツは至る所に

感想文、小説、日記、キャベツ、まじめ twitter ⇒ @kanran

自作

『エンブレース!』

――小沢健二によせて―― 真冬の高架のホームで、僕たちは始発の電車を待っていた。空は白み始めていたけれど、まだ太陽は地平線に差し掛かっていなかった。夜の闇はまだ固まったまま、電灯の明かりと闘い続けている。病院から駅へ来るまでに一本、駅に着いてか…

『夜祭り』

木々は昼間の雨をよく閉じ込めて、闇を柔らかく湿らせていた。夏のものとは思えない冷気のかたまりが、時々ぼくを撫でた。枝だろうが葉だろうが見分けないまま掻き分けて、注意深く傾斜を降っていくうちに、ぼくの服は確かに濡れていった。灯りから遠く離れ…

『アルビュメン・プリント』

夜のうちに乾いた汗は肌を甘やかし、いかなる温度も眠りから締め出してしまう。雨脚と共に激しくなった僕たちの生理は、シーツを温く、後に冷たくした。 息を継ぐのに動きを緩めた時、不意に思考力を取り戻した頭の中に、「溶」という字が浮かんだのを何とな…

『海に花を投げるように』

父さんは仕事ばかりしていた。ぼくが学校へ行く前には家を出ていて、ぼくが眠るまで帰ってこなかった。土曜日も日曜日も、持ち帰ってきた仕事にいそしんでいた。濃い言葉を交わし合った思い出が、ぼくと父さんの間には数えられるほどしか無い。わずかな数し…

『時が何か告げてくれれば』

君は扇情的なロックバンドが大嫌いで、「病んでる」女性シンガーばかり聴いている。紺のソックスに締めつけられた足がいつもきれい。脛がれっきとしている。友達と連れ立ってトイレに行くけれど、いつもそれをつまらないと思っている。お弁当を持ってきてい…

『水中学校』

窓の外を、久しぶりに蟹が通った。海底にやっと届いた頼りない光をあつめて、甲羅は黒く輝いている。僕は理科室に向かう途中で、寄り道をしている暇はなかったのだが、自分たち以外の歩行する生物を見る懐かしさに、つい目を奪われていた。 「何してるんだ?…

『ラヴ・アフェア』

オタクの小説です。

『夜の緩やかな唸り』

夜の感覚の小説です。

『万年青抄』

ぼくは誰の眼も見たことがなかった。そもそも人の顔の造りを覚えたことがない。そんなことをしなくても、声や発音、身振り、体つきや髪型の輪郭だけで、人の見分けは充分つく。全く人の顔を見ない訳ではない。しかし、誰それの鼻筋や眼が美しいなどと言われ…

『ドリフト』

山とも森とも呼べるところに踏み入ってからしばらく経つのに、全然動物を見つけられないでいる。このあたりの土地に、最後に雨が降ったのがいつだか知らないが、土がぬかるんでいて、革靴の底が滑る。こんな所を歩く格好ではない。望ましい装備ではまるでな…

『分からない』

ぼくたちはずっと、何でもかんでも分かりたがってどうしようもない。そのくせ評論家のことは扱き下ろす。 実際、評論家になんてなりたくない。見つけてきた問題に自分なりの結論を出して、落ち着きたいだけなのだ。自分の理屈が正しいということを心の底から…