キャベツは至る所に

感想文、小説、日記、キャベツ、まじめ twitter ⇒ @kanran

5/22

■小説がよく読めるようになってきた。どのように生活していても、文字は毎日読む羽目になるが、それが頭に入ってこないことはある。事前知識を持っている事柄についての文章であったり、慣れ親しんだフォーマットで書かれたものであったりしても。近年、小説が頭に入ってきづらかった。管の詰まりが取れたように、入ってきやすくなった。

「小説を書いていると小説が読めなくなる」と、そういう原則があるかのように言い切ることはできないが、今まで小説が入ってきづらかった理由は多分そういうためだ。ここ何カ月も映画についてのテクストを書き続けていて、小説を書こうとしていない。一本のパイプの「読む」側だけから水が来る仕組みができて、「書く」側から流れが来る危険もなくしているから、すんなり水が流れている、とでもいうような、機械的な落ち着きを持てた感じがしている。

 

■去年、友達と小説アンソロジーを作った。アンソロに参加したのは生まれて初めてだったのと、それなりに付き合いの長いメンツとの作業だったこともあってか、最近小説を読んでいると、そのメンツの顔が浮かぶ。各々の作品を一冊にまとめる前提で、たった一作(制作に向けて一度みんなで習作を作ったので、正確には二作)とはいえ意見交換など交えつつ小説を読ませ合ったのだから、何かしらの連絡が生まれたのだと思う。

アンソロに参加したメンバーには、長いこと小説を書いてきた者も、アンソロの企画が立ち上がったためにほとんど初めて小説という形式で書いたという者もいる。頭に浮かぶのは、どちらかというと歴の浅いメンバーの顔だ。ああいう小説を書いた彼が、この小説をどう読むだろう、ということを考える。はじめはそれが不思議だったが、だんだん腑に落ちてきた。

その形式で書き慣れている者の文章には、自然とスタイル以上のものが宿る。それは個性とか特徴というほど大っぴらなものではないこともあるし、また美点とか欠点というほど質に関わるものでもないこともある。「文章を形作る上ではどうでもよい部分ではあるのだが、それでいて如何ともしがたく手を加えられない」というか、「別に動かす必要も特にないんだけどそもそも動かせない」みたいに定まった部分が、書き慣れた者の文章には強固にある。

文章における〈定まっている〉という手ごたえの所以は、恐らく意志しかない。小説を完成させるまでには、無限に思われるバリエーションの中から最上と思われる一つを選び出す選択を何度も強いられる。苦悩しながらパラフレーズを繰り返し、やはり初めに思い付いていたこれが適切か、と決断したりする。書き慣れている者も当然迷いは抱くが、しかし、決断はし慣れている。自分の判断は正しいと信じようとすることにも慣れている。その慣れた決断、その慣れた確信が、強固に定まっているものを文章に宿す。そして別に、その強固さ、〈定まっている〉かどうかは、文章の出来不出来を担保しない。それをどう活かすかで質が左右されるというだけだ。

先程「意志」と書きはしたが、それは「精神力の強さ」とか「職人芸的な確信」みたいなご立派なもの――というか、単なる陶酔とか幻想に過ぎないかもしれないもの――を意味しない。単なる慣れ、慣れているための迷いのなさでしかない。

小説を読んでいて、小説を書き慣れている友達より、書き慣れていない友達のほうをよく思い出すというのも、ここが関わるのではないか。今の理屈で言うと、書き慣れていない者は、初めてに近い類の決断によって、作品を完成にまで導いた、という言い方ができる。ためらいや不安を強く持ちながらの決断。それは文章に〈定まった〉部分をもたらさない。アンソロを作る上で書き手と直接接し、その悩みを聞き、不安であった部分や判断に迷った部分を知ったことで、あくまで印象や感覚としてだが、彼らの作品のなかにある〈定まらなかった〉ものの手ごたえを得た。それはぼくの中で魅力にもストレスにも分化され切らなかった感触ということもできる。何か既存の小説を読んで感懐を持ったとき、書き慣れた者の文章に見た確かなものよりも、そうした未分化なものとこそ、つい照らし合わせようとしてしまうのではないか。もちろん、もっと単純なところで、小説を書き始めた(じぶんの言葉を小説にすることを覚えたばかりの)人に、この作品の特異さはどう響くのだろう、といった気がかりも大いにあるのだが。

 

■自分が書きたいもの・書いていくべきものが、今までのように自然発生的に生じるものなのか、それとも意図してジャンル的な傾向を持たせたものなのか、というのを迷い続けているが、その解をみちびき出すにも、ここで書いたような感覚のことを考えていく必要があると感じている。そのためにも今は乱読をする。

『逆山』

 高台にある、小さな民宿だった。十分二十分では済まないとは調べていたが、他に寄りたいところもなかったので、駅から歩いて辿り着いた。いかにも家屋に手を加えたという風情の外観や廊下を見て、旅情というより、むしろ郷愁に近い念を抱いた。チェックインの時に氏名や連絡先を書くのに使わされた、エクセルで作ったような見てくれの名簿カードだけが、古い建物の中でぼんやり光るように、浮いた印象を醸していた。
 カードを書き終えると、主らしき受付の男から、浴場の入口の札には利用時間が午後十時までと書かれているが、今晩は九時までとさせてもらう、と断られた。他に利用客がいないからだという。風呂は早めにいただこうと思っていたから問題ない、何なら夕食を出してもらう時には閉めてもらって構わない。そう返すと、申し訳ないがそうさせてもらう、と言われた。

 風呂を済ませて浴衣に着替え、頼んでいた時間に食堂へ入ると、恐らく受付をしてくれた男の妻であろう女性が奥の暖簾から顔をのぞかせて、お待ちしておりました、お好きな席にどうぞ、と声をかけてくる。無垢材のテーブルがいくつか置かれ、それらを木造りの椅子が囲っている。暖簾のすぐ先が調理場なのだろう、火を使う音や、魚の焼ける匂い、味噌や出汁の匂いが届いてくる。手作りのものか既製品か分からないが、椅子の背もたれと座面には、それぞれ違ったカバーとクッションが据えられていた。暖簾から近すぎず遠すぎない辺りで、何となく快い色と風合いの椅子を見つけて座った。間もなく女性が配膳を始めた。彼女ひとりが忙しく動き、食卓が整えられる。山が近いとあって、夕食には、山菜と川魚がふんだんに使われた膳が出た。今年のように、四月の下旬に有休を使えたことは少なくて、果たしてどこに行ったものかと思案したが、ネットで見つけた食事の写真だけで、ここに泊まろうと何となく決めた。いつの時季の写真だったのかさえろくに確かめていなくて、献立は写真で見たものとだいぶ違ったが、同じような印象は見受けた。
 旅行をするのは、有休の消化に合わせてのことと決まっている。というより、有休が使えたら必ず旅行をする、と言った方が正しい。
 ぼくにはこれといった趣味がない。いざ宿のある町に着いてみて、有名な神社仏閣や景勝地があると知ったら、立ち寄ることもある。しかし、そこに行くことを目的に旅程を決めることはない。ここと決めた宿に付いていれば温泉は楽しむが、それが楽しいのも、日常の行ないが新鮮味を帯びるからというだけではないか、と頭の片隅で思っている。食事も、おいしいに越したことはない。それでも、例えば急な予約になったとかで、食事付きの宿泊ができないなら、宿の近くの店ででも済ませようと思うし、都合によっては、普段も入れるようなチェーン店にも入る。言うなれば、旅行をすることそのものが目的であり、内容はどうでもよいのだ。そもそも、休みの良い使い方として思い付くのが旅行というだけで、他にもっと良いものが思い付いたら、こういう間隔で旅行に行くこともなくなると思う。そういう旅をするから、誰かを誘うのも忍びない。旅は一人でする。
 宿をとる日も、自然と平日になる。だから泊まる日の宿が空いていること自体は珍しくなかったが、貸切同然というのは、さすがに稀なことだった。食堂にはテレビも何もなく、宿の周りは見た限り、果樹園とかビニールハウスとかばかりで、繁華街はおろか飲食店もほとんどなかった。風で木の葉が擦れ合う音や、遠くで鳴ったクラクションの音がはっきりと聴こえる中で、箸を進めた。
 食事を始めて程なくして、今度は主の男が、暖簾の向こうから現れた。ぼくに近付いてくると、飲み物はどうかと訊ねてきた。浴場の件で気を遣ってくれたようで、お代にはつけないという。頼んだらビールの一本も出してもらえるのだろうかと思っていたところだったので、それじゃ、お言葉に甘えます、と答えた。
 男は初め恐縮した様子でいたが、ぼくが申し出に応じたことにかえって安心したのか、少し表情をやわらげると、少々お待ちください、と言って奥に引っ込んでいった。口ぶりから下戸ではなさそうと見たのか、男はまだ口の切られていない地酒らしき四合瓶とグラスを持ってきた。静寂は苦でなかったが、もしよかったら、ご一緒にご亭主もどうですか、と誘ってみた。男は少し考えた後、それじゃ少しご相伴させてもらいます、と言って、また奥に引っ込むと、グラスと小皿を持ってきた。小皿にはぼくの膳にも乗っている漬物が盛られていた。
 男が酒を注いでくれた。乾杯は気安すぎる振る舞いに思えて、グラスを手に持つと、男を見ながら目礼をした。男もうやうやしく両手でグラスを持ち上げると、ぼくに向けてぺこりと頭を下げ、そうして二人して酒に口を付けた。酒は冷やされていなかった。ちょうどこごみを食べたところで、残っていた苦味の流れた後を、甘味がゆったりと覆った。ぼくは膳の残りを食べ進めながら、男は漬物をかじりながら、グラスを傾けた。「お食事、お味はいかがですか?」
「どれも美味しいです」
 こうして一緒に酒を飲むことになった以上、沈黙を破るのももてなしだ、という思い切りが窺える問いだった。讃辞を受けて、男ははにかんで首をすくめた。実直そうな人だった。親と同じ程とまではいかないが、ぼくよりはだいぶ年上だろう。しかし、この古い宿の主としては随分若いようにも思える。
「こちらの民宿は、長いんですか?」
「はい、昭和の終わりごろから」
「ご亭主は二代目とか?」
「いえ、私で三代目で」
 およそ四十年の歴史で二度の代替わりというのは忙しない気もして、地元の人とばかり思っていたが、雇われの管理人ということもありえるのだろうかと考えを巡らせる。この宿が賑わうのはいつの時季なのか、何を目当てに人が来るのかと、こちらから質問を続けてみた。自分のことを話すよりこの人の話が聞きたいと思ったのもあるが、まだ料理が半分以上残っていたから、箸を動かしていたかったというせいもある。ぼくが水を向けると、男は、夏になると登山者グループの予約が集まること、登山に来る人も高齢化が進んでいたが一昔前から少し平均年齢が下がってきたこと、年代ごとに装いや道具が全く違って見た目に面白いことなどを語り聞かせてくれた。
 その話し口には、ずっとその目で宿を訪れる人を見続けてきた裏打ちがあった。身の上を暴きたいわけではなかったが、やはりここで生まれ育った人なのだと、話を聞きながら内心頷いた。
 ぼくが膳を平らげたのを見ると、男は一声、おおい、と暖簾の向こうに声をかけた。先程の女性がやってきて、膳を片付けると共に、乾き物を入れた小鉢を置いていった。男が酒を出していることを承知していたのだろう。
 女性が姿を隠すと、今度は男から質問された。
「こちらへは、お仕事でいらしたんですか?」
「いえ、休みが取れたので。気の向くままの旅行です」
「気の向くままで、こちらに来られたんで?」
 声に、怯んだ気配があった。響きに驚いて、おずおずと男の顔を見る。酔った風ではなく、顔色は白く冴えていた。
「はい……。特に、目的だとかはなく、何となくこちらを予約して」
 男はグラスに目を落とし、少しの間押し黙った後、残り少ない酒を一息に乾した。怯えの出どころを酒だと決めつけて、恐いものはいっそ呑んででも隠してしまえという、やけっぱちの仕草だった。酔いを深めて神経を麻痺させようという姿には、ちっとも見えない。瞳は濁っていなくて、恐怖を恐怖として見つめていた。
「逆山のことを、聞いてこられたとかでは、ないんですか」
「さかやま、ですか?」
 男はこれといって感情を露わにしたりせず、しかし言葉を探していることは明白な、内へ内へと意識を深めてゆく顔になった。ぼくの方を見ないままの男を、かえってぼくは直視しながら、彼のグラスに酒を注いだ。
「目当てというんじゃ、ないんですね」
「すみません、その、さかやまというのは?」
「逆さの山と書いて、さかやまと言います。よその人にはあまり知られてないと思いますが、近くに、そういう場所がありまして」
「場所の名前なんですか?」
「はい。言葉通りの場所でね、山の逆さなんですわ。山にあるようなものが、一切ない……」
「山にあるものがない?」
「私も、入ったことないんでね、詳しいことは言えないんですが。そういう風に言われとります」
 男は再びぺこりと頭を下げて、ぼくが満たしたグラスを手に取った。男が怯えを抱きながら、記憶や知識、恐怖や猜疑、そうした内面にこびりついたものに眼差しを向けて離さない、という顔つきをあからさまにしていなかったなら、ぼくも分かりやすく混乱できていたと思う。芝居か怪談か、何にしても訳の分からない語りが始まった、と。しかし、簡単に混乱に陥らせてはくれない真剣さが、男の顔にはあった。
「地元の方しか知らない場所なんですか?」
「いや、そうとも……。よそから来て入る人もいれば、地元のもんでも、ある日ふっと入っちまうこともあります。何にせよ、入ったら帰ってくる者はないから……」
「どうしてです?」
「山は、最後には降りるために登るもんでしょ。その逆さですからね。降りたら登らないんですよ」
「つまり、穴なんですか?」
「遠目には、穴に見えるかもしれんですね。何せ中見て戻った者がいないもんですから。近間に行く時というのは、入ってしまう時だから、近くからもそう見えるか分からんですが」
 要領を得ない説明の中に、確信の響きとともに、不明なものがどう不明かを言い切る確かな響きも、また宿っている。その不思議が、ぼくには問う力を生んで、質疑応答は静かに続いた。
「入った人が誰も出て来ないなんて所、警察とかが捜査しないものなんですか?」
「まあ、逃げて入るような者がいませんですからね」
「逃げて入る者がいない……?」
「そういうもんは山に逃げます。したら、捕り物もありますね。逃げて入るんでない者が、逆山に入るんです」
「迷い込むわけですか」
「迷い込むんも山でしょうね」
「逃げないし、迷わずに、入る?」
「そういう所のようです」
「それで帰らないというのは……つまり……自殺志願者とかが入る、ということですか?」
 男の顔が、明らかに強張った。まさしく怪談の雰囲気を帯びてきた語りを、殺伐とはさせずに訥々と続けていた、その彼の顔を強張らせたのは、質問の中身というより、今のぼくの言葉だろうと悟った。剣呑な言葉を選び過ぎたか、しかしこれまでの順通り話していたら、いつかこういう風には訊いてしまっていた……。そう考えていると、そのうち男は酒で口を湿らせて、先程よりも頼りない調子で、ぽつりぽつりと喋り出した。
「うちの親父も、逆山に入ったんです。向かっていくのを、見たっつう人がいて。三年になりますね。それから帰らない。持病の辛いとか、貯えが不安だなんてこと、私らともよく話してたけど、入る前の日だって、死のうって気はなかったと思います。私から見てね。

 ……入る直前の人と接した経験は、私は親父とだけですけど、似たような身の上の人と話すと、やっぱりおんなじこと言いますね。死のうってんで入るわけでもなさそうなんですよ、あそこには。そう思いたいだけかもしれませんけど」
 身内の不幸のことを――死の婉曲として《不幸》と言うことが、この話にそぐうのか、よく分かっていないままだが――そのことを語らせてしまった負い目から、ぼくは口をつぐんだ。怯えてよいかも哀しむべきかも分からない。こういう時、酒杯は時間の支えになる。ただグラスをゆっくりと傾ける。男も同じようにしているから、じっとこの場に留まっていられる。そのうち、ある疑問がふくらんできて、気が付くと男に訊ねていた。
「ぼくも逆山に入るかもしれないとか、入らせないようにしようと思って、このお話をなさったんですか」
 男は無表情のまま、しばらく唇を軽く噛んだり舐めたりしていたが、ぼくの方を見ず視線を落としたままで、そのうちこう答えた。
「この人は入るかも、とかいうのも、分からんことなんです。それが分かったもんから入っちまう、とも思ってます。というか、教えてどうこうなるもんではないんです。知ったら入っちまうんなら、私らだってとっくに入ってるし、入るなと言って止められるもんでもない。よそから来た人でも、知ってか知らずかやってきて、入るようなこともあるって言いますから。
だから……もしかしたら、確かめられるかも、と思ったんでしょうね。気の向くまま来られたと言うから、あそこに呼ばれるような人もいるんだろうか、それならどういう方なんか、訊いてみたら何か分かるのかと。多分、そんな風に思ってしまったんです」

 

 その晩は早くに床についた。瞼を閉じても、天井を眺めていても、逆山のイメージは湧き起こり続けた。部屋の闇をどれだけ濃く塗りつぶしても足りない、深い深い穴のイメージ。男の言葉がきれぎれに思い出されて、霊や冥界への連想は起こらなかった。山の逆さ。その言葉から思い浮かぶ姿。夢と現のどちらともいえない空間の中に、ぼくの想う逆山が、ただ穿たれ、ただ広がった。


 翌朝、宿を発つと、当てもなく歩き出した。適当に昼飯を済ませるか、弁当か何か見つくろってから電車に乗るというつもりで、切符を買っていた。いつも大体、そういう風に予定を立てていた。いつもの調子で足を動かし、知らない町を歩いた。少しずつ駅に近付ければそれでよい、とだけ考えていた。
 あの辺りが逆山なのだろうということは、駅までを見下ろせる道に出たら、すぐに分かった。昨日、宿に向かう途中で振り向いていたなら、きっと目に入っていた一画だった。ぼくの足はその方面へ向かった。逆山に近付くまでにも農地は目に入ったが、人家や農協の集会所、飲食店や床屋、小さな企業ビルや自動車工場の前を、何度も通ることになった。高台から下を望んだ時に、恐らく視界に入れながら気付ずにいたが、遠くにひときわ大きな建物が見える。建物の外側に、大型トラックが走れそうな通路が備わっているようだ。物流倉庫か何かなのだろう。宿の男はゆうべ、ある象徴を語るように逆山について話したが、それと同じ土地に、郊外のどこにでも見るああした無個性な建物のあることが滑稽に思えた。
 逆山のそばに近付くまで、誰ともすれ違わなかった。平日の午前中で、長期休みの時期でも何でもない。子供は学校に、大人は勤めに行っているはずだ。歩く中で見てきた店や会社の中には、今も旺盛に営業していそうな所はなかった。それが単に、昔からの商いが弱っているだけなのか、それとも逆山に近いせいがあるのかは、昨日今日この町を歩いただけのぼくには分からない。
 逆山の周りには建物がなかった。耕されてはいるが、見るかぎり今は何も植わっていない畑、水の張られていない田んぼ――ここももうじき田植えをするのか、それとも近くに逆山があるせいで、永年放っておかれているのか――そうした土地に囲まれて、遮るものがない開けた場所に、逆山はあった。穴というには茫洋とし過ぎている、しかし窪みというには派手なもの。土の地面に、それは穿たれていた。人の二三人は呑み込めるほどの径のようだ。周りに、草木や石が全くない。全くの平らであれば、ここを造成地だと思っただろう。すぐ近くまで歩み寄る。擂り鉢状の形を思い描いていたが、その想像は正しくなかった。縁から底に向かって、全ての方向から、均等な傾斜が作られているのではないのだ。ある方向からは鋭角な、ある方向からは鈍角な傾斜がついている。激しい方から緩やかな方へ、徐々に傾斜角が変わっていくわけでもなく、ひたすらに無規則だ。とても自然が作ったような形状に見えないが、素材は見る限り、何の変哲もない土で、それなら人の手を入れて工具だの薬品だので形を保てるのかと考えると、それはそれで不可能に思える。場所によっては、土がステップのようにまっすぐ隆起している箇所がある。まるで板が突き刺されているかのようだが、それも階段状に連なっているわけではないし、等間隔ですらなく、一歩では到底そばのステップまで移れない箇所もあれば、ほんの少し足をずらせば隣のステップに届くという箇所もあった。
 いずれにせよ、気を付けて足を運んでいけば、転んだりせず、下へ下へと進んで行けそうだった。緩やかな傾斜のところを選んで、足を下ろす。靴で踏んでみると、斜面からはやはり土の感触がした。踏むたび、そして歩を進めるために蹴るたび、その跡から細かな土の欠片が崩れ落ちていくのを目が追って、そうだ、中に入ったのだから底を見てみようと初めて思った。しかし、覗き込んでも何も見えない。光の届かない深くまで、この斜面が続いていることだけが窺い知れる。上から見たステップ状の隆起は、見た目には周辺と同じ土にしか見えないが、いざ踏んでみると、周りの土とは違った硬質な感触、しかし古い木のような優しさのある感触がした。急な傾斜の途中でも、これに両足を置けるなら、歩を止めて休めそうだった。

 なぜか納得できたが、上から見た広さと、中に入って見た広さがまるで違う。周囲を見渡すと、何十人かがこぞってここを降りていっても、ぶつかったり、傾斜やステップを奪い合ったりする必要がないぐらいの広さがあった。何分歩いたかも覚えていないが、どれだけ進んだかと上を仰ぐ。逆山の周縁に切り取られて、空が見える。しかし、周縁はちっとも遠ざかっていなかった。少し息が弾むぐらいには歩いてきたのに、腕を伸ばせば触れられそうな近さに、縁が見えた。宿の男は、逆山は山の逆さだと言った。山は登れば景色が変わるが、ここは山ではないのだ。ここまで歩く中で、斜面の調子は絶えず変わってきたし、一度も登り返してはいない。傾斜を移ったりステップを踏むために、高い位置に足を上げたという機会すら一度もなかった。この後どれだけ歩き続けても、上を仰いだ時に見るあの青い円の大きさは、きっとこの後も変わらないのだ。
 その後もぼくは傾斜を進み、その傾斜が急激になったら、近くの緩やかな傾斜に移り、ある場所ではステップも活用し、逆山を降り続けた。時々、坂とさえ呼びがたい、スロープとしか言いようのないなだらかな傾斜が現れることもあった。当然歩きやすかったが、体が傾斜とは逆の方へ傾いだら、底に向かって落ちてしまうのだと思うと、斜面を歩く時と同様の緊張感はあった。
 光景が何も変わらないので、時間の感覚はすぐ失った。いくつめかのスロープを見つけた時、疲れたとか飽きたという感覚も特になかったが、旅行バッグを枕にして、仰向けに寝そべった。やはり空と周縁は、前に見た時と同じ近さにあった。
 これまでに、逆山には何人が踏み入ったのだろうか?目をつぶって耳を澄ませても、誰の声も、足音も、息遣いも聞こえない。ぼくの前に入った人も、ぼくの進入を悟ってはいないだろうと思えた。
 宿の男は、父が入って三年が経つと言った。出会うことはないのだろうが、その人も今も逆山を降り続けているのだろう。ぼくは起き上がってバッグを担ぎ直すと、スロープを歩き始めた。ほどなくしてスロープは途切れた。近くにある緩やかな傾斜へと足を移す。そうして、それからもずっと下へ降り続けた。

6/6

■5月末ぐらいから風邪気味で、熱やなんかはなかったのだがとにかく喉の調子が悪く、咳が続いて声帯も炎症がひどかった。しゃべる仕事だし、小児喘息をやっていたせいで気管支も強くなくて咳が続くとすぐえづくし、難儀した。抗生物質とかを処方してもらってからは快方に向かい、最近やっと違和感がなくなった。

小児喘息といっても、症状が激しかったのは赤ン坊の頃だけで、そのせいで寝込んだとか入院したという記憶がない。薬ものんでいなかったし、吸入器も使ったことがない。喘息仲間たちがあるあるとして語る「ヴェポラップの匂いがトラウマ」も、よく分からない。ただちょっとした時に、息が詰まりやすいとかえづきやすいとかいうのだけが喘息の名残りなんだな、と思っていたが、いい年になってから春先に花粉症の症状が出るようになり、ひどい時には咳も出て喉がガラガラになってしまうようになった。その時かかった呼吸器科でレントゲンまで撮ってもらった結果、小児喘息の影響のせいで気管支がよく発達していないと言われた。曰く「きれいな肺じゃない」とのこと。

春先は花粉のせいもあるし、黄砂やPM2.5とかの要因も複合して、キミみたいな人は喘息もどきになりやすいんだよ、という診断だったのだが、そんなこととは露知らず先に内科にかかっていて「風邪では?」という診断と処方を受けていたので、内科からはこういう鎮咳去痰薬が出たんですけど全然よくならなくて、という旨を伝えたところ、ダメだよこんなの飲んでたらむしろ咳は激化するから今すぐやめなさい、と叱られて、そのあと出た薬でピタリと症状が止んだ。春先に喉までおかしくなるのは毎年のことではなく、その病院にはその後1,2回お世話になったが、多分ぼくが生まれた時から営業していた(地元の)病院で、医師も高齢であり、そのうち閉院してしまった。以降、似たような症状になって病院にかかってみる際、こうした診断を受けたことがあるのですと説明してみるのだが、当たり前に出る鎮咳薬で咳が酷くなるなんてことはないと思いますけどね、みたいな感じで毎回一笑に付され、かかった直後によくなったとか老医師であるために賢者然として見えたとか、色んな組み合わせであのお医者を信奉してしまっているだけ、いわばこれも複合要因で免疫系がおかしくなってるみたいなことであり脱すべき偏見なのだろうか、それとも老医師の治療を歯牙にもかけないドクターたちが信頼すべからざる若造ちゃんなのだろうか、と今もモヤモヤ考え続けている。

 

■近ごろ全然ギターも触っていないし、歌い手としての自覚なんてほぼゼロに等しいのだが、高い音域がまったく出なくなると危機感を覚える。大事にしていた持ち物が手元から離れてしまったような不安に陥る。1枚でも自分の歌のアルバムを作ったことがあるのだから、当然といえば当然というか、音楽活動をしている近しい人には自分だってそう接しているわけだが、久しぶりに会う人から、今は弾き語りやってないの、曲作ったりしてないの、と言われたことが最近よくあって、ああまだ自分のことをそう思ってくれる人がいるのだな、とありがたく思ったりする。

 

河野多惠子の『タマや』を読み始めたから、なんかセンテンスの区切り方が影響を受けている。

こんな風なバランスの小説だったのかと驚いたのだが、風変わりというか浮世離れした登場人物がポンポン出てきて、その人物たちが簡潔に相関を始めて、あふれ出るのをあふれ出たままにしているような勢いで会話が続き、風が吹いて過ぎ去るみたいにして一篇が終わっていく。とてもスクリューボール・コメディ。『愛の生活』とか、エッセイ『本を書く人読まぬ人 とかくこの世はままならぬ』とかを読んでいたから、もっと怜悧でソリッドな感触を予想していたところがあって、それが裏切られてこっちの体勢が崩れているせいもあいまって、読んでいて楽しい。

 

YouTubeを観ていたら何故かいきなりクリストファー・クロスがサジェストされた。母親が好きだったがちゃんとアルバムは聴かなかった、という数少ないミュージシャン。しかし歌声は好き。演奏している姿もろくに見たことがなかったのだが、フロントマンでツインネック弾いてる人初めて見たかもしれない、と思ってフルで観てしまった。

www.youtube.com

美しい曲。

 

■あとクリストファー・クロスの記憶と言えば、吉田秋生の『河よりも長くゆるやかに』で、「自分の部屋に彼女を招き、セックスにこぎつけるまでのムード作りとして音楽を使おう」というくだりがあるのだが、あんまりアーティストが美形だとベクトルがブレる、ホール&オーツとかはそういう意味で良くない、クリストファー・クロスあたりがベタだろう、などと語られる。

『河よりも長くゆるやかに』だと、ユーミンの新譜をプレゼントに渡すとか、デートムービーとして『スターウォーズ』を観に行ってキャラ同士が感想を言い合うとかいうシーンがある他、初長編『カリフォルニア物語』でも序盤からサイモン&ガーファンクルの引用がある。日本の現代劇だったら「細野晴臣ヨーダに似ている」(確か『十三夜荘奇談』)とか「森昌子みたいに何着ても似合わないヒトっているのよね」(確か『櫻の園』だったような)とかいう表現があった。

読み始めの時、こうして実在の人物名(偉人の格言とか名文句の引用ではなく、流行歌手とかタレントの名前まで)バンバン出すのが新鮮だった。少女マンガ読みとして劣等感を覚えている部分なのだが、少女マンガを熱心に読み始めたのが二十歳を過ぎた後なので、少年誌のそれのようには、ある作品が売れるまでの盛り上がり方とか、ジャンルの盛衰の知識が全然ない。だから吉田のこういう特徴のことも、同時代とかの作家と比してどれだけ異質なのか、全然掴めていない。

今の尺度で読むとバッチリ失礼な表現がたくさんだと思うが、初読の時は笑って読んでいた記憶がある。近年はじめて読んだので、『ハナコ月記』の「最近あれぐらいブスのカップルでも堂々と公衆の面前でイチャつくようになったよね」みたいな回は、さすがに顔をしかめつつ読んだけど。

こういう風にシーンを具体的に列挙しておいてなんだが、ぼくは吉田秋生のマンガが大好きだし、別段ルッキストだとも思っていない。恐らく少女マンガ作家の系譜の中で、美形賛美が強かった作家だとは思う。ただこれは「少女マンガにおいて美男子を出すのは最低条件」みたいな意識とか、美形賛美をやってナンボの表象や媒体がいかに当時強かったかというのが大いに関係する話で、作家個人の美意識(偏見)だけをどうこう言える問題ではないし、当時の風俗も知らぬまま当節の意識だけで過去の作品の《正しさ》を論じようとするべきではない。その《当時の空気》を仮想することがむずかしいから、どの作品を《不朽の名作》と渾名するかもむずかしい、という話でもあるのだが。

 

■その人物が差別的であるか(現時点で)判断するには、現役の作家なのであれば新作を読まないといけない。吉田作品で言うと、ぼくは『海街diary』で止まっているが、吉田作品の歴史において、「海街」は重要な転換を見せている作品だと思う。

代表作『BANANA FISH』の主人公アッシュ・リンクスは、スケールを日本マンガ史全体に広げたとしても、美形キャラ番付みたいなものを組んだら上位にランクインすると思う(多分)。「河よりも…」前後の作品を読むと顕著なのだが、吉田作品において、イケメンとして描画されるキャラクターのデザインは、輪郭・目の形状・髪形など、パーツ単位でかなり固定化されている。この時期は量産期で、仕事量自体多かったであろう。もちろん初出年だけ見るだけではスケジュールのことなど分からないし、くだんのイケメンのデザインが忙殺によって固定化が進んだものなのかなど、実情は知る由もないが、「吉田作品における判で捺したようなイケメン」と言われてパッと思い浮かぶようなデザインが明確にある(そのデザインの記憶が鮮明だから、襟足が外にハネている男性を見ると「吉田秋生っぽい」と思うまでになった)。

大作『BANANA FISH』(そして設定を共有する『YASHA』シリーズ)や、「海街」と設定を共有する『ラヴァーズ・キス』以降、作品の量的ヴォリューム、または作者の精神的比重のためか、アッシュおよび藤井朋章がいわばイケメン代表的な役割を担っていくことになる。やっと「海街」のどこを重要と思うかに話を戻すが、「海街」には朋章に加え、多田という二人のイケメンが現れる――ここで言う《イケメン》は、作中でも周囲のキャラからそう評されて、作品の《空気》の中でイケメンとして存在するというだけでなく、吉田作品におけるイケメンのデザインを踏襲している、という意味合いも含む。

朋章も多田も、「海街」の作劇において重要なキャラクターではあるのだが、ハッキリと話の周縁に配置されている。ネタバレになるが、主人公と呼ぶべき四姉妹と恋愛関係を築くキャラクターたちは皆、ポピュラーなイケメン像からも、吉田作品における美形像(『カリフォルニア物語』から既に見られ、アッシュによって凝縮され切ったとも言える、美しくありながら才溢れる、まさにロマンチックな主人公像)からはかけ離れている。

「海街」は不定期連載作品で、2006年~2018年まで続いた。この時期に顔の美醜についての問題を恋愛劇がどう扱っていたか、みたいな話をもはやパッとは出せなくて、「海街」の態度が流行的に《イケメンのウエイトを減らしただけ》なのか、つまり「人間は顔じゃない」という潮目の力を引き込もうとした作品であるのか、何かと比較して指摘できない。しかし一読者としては、意図的な転換があったのではないか、と思える。ルッキズム批判への転換、という性質のものでもないと思うが、何というか、大袈裟に言えば、リアリズムへの転換だったのではないかと思っている。SF的な要素まで包含して突き進んでいくことになった『BANANA FISH』~『YASHA』~『イヴの眠り』のカラーから遠ざかった色彩を作ろうという転換というか、虚構の中にだけ存在するイケメンというものがいるが「海街」を動かすのはそういうキャラではない、みたいな決断というか……。時折なめらかに挿し込まれる古典からの引用なども吉田秋生を読む時の楽しみの一つだが、「海街」にもまた、古都・鎌倉を舞台にしているための身近さを伴いつつ、古典や伝統芸能の翳がふっと差してくる。どうも「海街」には、本当のことを本当のまま盛り込もうという意識が感じられる。

 

吉田秋生の作品で何が好き、と言われると迷うが、短編含めると『ジュリエットの海』が一番好きです。

 

■先日の飲み会で「24年組とかJUNEとかの耽美ぶりとかを精神的に後継しているわけじゃないし、現行のBLの流行りドンズバのビジュアルとも言えないのに、線の細いイケメン同士でゲイ表象を作ろうとする傾向が、なぜかメインストリームにおいてしぶとくあるよね」みたいな話で盛り上がった。吉田秋生の男性同性愛的な表現の源泉は『真夜中のカーボーイ』にあるそうだが(本人が昔そう語っていた)。この辺のことを、BLを愛好する色んな人に聞いてみたい。