キャベツは至る所に

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長いつぶやき

小説を書こうとできない理由が、少しずつ分かってきた。どこかに異化の力を宿したものを書きたいと、ずっと思ってきたが、そういう風に現実観を揺るがせるものに対してーー特にフィクションとしてそういうものを作ることに対してーーの不安が強まってしまっているのだ。現実の追認や、現実からの逃避としてのエンタメに、フィクションの《役割》が求められているという意識をぬぐい切れない。誰かを慰撫するために、こういう美しいものや優しいものが世界にはあると書き残していくことには、いつでも意義があると思う。けれど今自分がそれをやろうとすると、誰かの心象の決して入り込めはしないエリアに入り込もうとするという失敗を犯してしまう気がする。そうしないと誰も助けられない優しさしかなしえないのではないか、と思ってしまっている。一方、これまでやってこなかったものだから、エンタメとして完成されたものを作れる自信がないし、それが作れるものなら作ってみたいかもしれないと思えど、そもそも作りたいと志向してこなかったものを今から作れるのか、とも思う。

役割や効能のことばかり気にしてフィクションを作るのなんてくそくらえだし、読む人の現実を揺さぶって不安をおよぼす類のフィクションが、誰にも求められていないなどとは思わない。ただ、今そういうものを書いて、笹船のように流れに落として、そういうものを求める人に書いたものが届く、という偶然のことを信じられない。だから、書いても何にもならないんじゃないか、という心境になってしまう。

 

そういう偶然に対して不安を持つようになったのは、Twitterが自分たちの手から離れてしまったという感覚も、無関係ではない。Twitterに本格的にハマったのは、他者に対して、この人の言葉に長く触れていたいと思える機会がたくさんあったためだ。自分が好きなバンドを観た人、観てみたかった作家の映画を観ている人。自分が自然に行く会場に出入りしている人、遠い土地の人。そういう人たちの言葉が、自分とその人のあいだにある透明なものに色を付けていくような感じがしていた。フォロワーの投稿が全て表示されるわけではなく、時系列順にさえ表示してもらえないとあっては、サービスを信頼なんてできない。思えばTwitterを始める前から、そういう《あいだにある》ものを感じたり考えることが、生き甲斐であり原動力になってきた。例えば、読んでいるテクストの内容と、自分の記憶や知識が相関して、ずっと立ち込めていた思考のなかの霧がパッと晴れた瞬間。盛況のライブ会場の観衆の頭上に渦巻くオーラ。「絶対好きだよ」と勧められたものが本当に自分の好みド真ん中のもので、勧めてくれた人から見た自分の姿がこの目に見えたような気持ちになった時。ぼくに鋭敏な部分があるとすれば、不可視であるそんな《あいだにある》ものに目を凝らすことができることだと、傲慢にも思ってきた。今、その自信がない。

そういえばあのころ、音楽評論を、雑誌や単行本であまり読まなかった。当時行きつけの店ができて、音楽の話をするには事欠かなかった環境のお陰もあるし、好きな人が自分の好きな音楽についてツイートしているのを見ると、それだけで満ち足りるものがあったのだ(あのころにもっと本を読んでいれば、今書きたくなっている文章をもっと力強く支える地場が作れたとも思うが、そういうことは後から言っても詮無い)。

先日、CDの販売に携わっている人と、小会場で演奏するミュージシャンたちを対象とした時、キュレーションのようなことをできる人もなかなかいなければ、特定のフィールドのアーカイブを残している人もいない、みたいな話をした。トイロックに行った体験から、東京のインディーズバンドをたくさん観るようになった身としても、その意見はよく分かる。いや、自分の行ったライブの記録を丹念にまとめている人などはたくさんいる。そういう記録は愛おしいし貴重だけれど、それを束ねなければ《歴史》は編まれない。

まったく無邪気で短慮な考えだったと、今となっては自分に呆れるが、「Twitterにはキュレーターがいる」「Twitterというサービス自体がアーカイブたりえる」と、昔は信用していたと思う。同じ会場に通う人と、リプライを交わすうちに親しくなって、ライブの予定なしに会って酒を飲むとか、うちのサイトに文章を載せてみないかとか、色々な関係が生まれる中で、「この人が行ってる飲み屋だけあって、良い店だった」みたいな僥倖に見舞われることが、酒場についてのみならず、小説でも音楽でも映画でもあった。Twitterで音楽に向けた言葉に触れていて、一方でミュージシャンの作るものがグングン変わっていったり、ミュージシャンの活動の規模が大きくなっていったりするのを見ていると、何というか「シーンの渦中にいる」感覚を味わえたものだった。しかし今にして思えば、そこで見えていたものは単にWebサービス上で整頓された情報であり、その情報からぼくが築いていたものは、現場に行った感覚で補強していなければすぐに倒れていたであろう脆い塔だったのだ。そこに水瓶があると思って水を注いでいるし、みんなもそうしているというような気でいたが、水は漏れ流れていた。

 

興味があるジャンルや、お付き合いのあるお店で読めるものしか知らない今、浅はかなことしか言えないけれど、「書きたい」「まとめられるべきだ」という思いがうまくリトルプレスに結び付くようになればよい。そして出来れば、たくさんの町に、そうしたもののページに触れられる場所があればよい。サービスの終焉と同時に消滅する形式でだけ、その文章(など)が残るのではなく、せめて制作者の収納の中だけにでも、その文章(など)が存在するようになってほしい。

ブラッドベリの『華氏451度』に「われわれは花がたっぷりの雨と黒土によって育つのではなく、花が花を養分として生きようとする時代に生きておるのだよ」(伊藤典夫訳)という一節がある。『華氏451度』が予見したように、娯楽のパッケージはどんどん細切れに、短時間のものになってゆく今の時代の中で、落ちた花が土に還る循環までが潰えてゆくのが怖い。もちろんSNSは漫然とやるべきで、そこにアーカイブだの何だのを求めるのがそもそもお門違いであり、そういうものは決然と遺そうとしなければならない。メインストリームにおいては、そういうことをなしうるマンパワーもタレントも集まろうが、そうでない分野では危うい。コロナ禍のようなことがあると特に。少なくとも、ぼく個人の循環はこの四年ぐらいでだいぶ力を弱めた。

循環の中の自分を確認するために、誰かともっと話をして、その人と自分のあいだにあるものを量っていく作業が必要である気がしている。幸い、『TAPE-ECHO』という聞き書きのZINEがあるので、まずはそれを作っていこうかなどと考えている。色々な人に、色々な話を聴いて。自分と誰かのあいだにあるものへピントを合わせようとするには、それが今一番良いのではないか。

 

そんなことを考えていた矢先、一度行こうと思っていた南浦和の書店・ゆとぴやぶっくすにて、長いこと相互フォローの関係にあってよくブログも拝読している黒井マカロニ/かみのけモツレクさんのZINEが買えると知って、行ってきた。モツレクさんの文章に表れる、生理的なものごとに対する丹念な洞察・明快な筆致を紙で読めたことにまず感慨があるが、ノーブラZINE4が特に読み物として印象深い。ページを折って端と端を貼り合わせた、アコーディオンカーテンのような製本。ぼくが同じような試みをしたら、生来の不器用さからとんでもないものが出来てしまうと思うが、今後のZINE制作の参考にしたい。

遠い土地におられるフォロワーの作ったものが、よく知る町のお店に並んだ。これも循環の中の事象だ。